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鹿児島地方裁判所 昭和53年(ワ)522号 判決 1987年1月27日

原告

米森勇

原告

白井花江

原告

下御領ケイ子

原告

和田ハマ子

原告

米森政昭

原告

米森三久男

原告

嶋田タエ子

原告(亡米森ミヨ訴訟承継人)

藤井日出子

原告(亡米森ミヨ訴訟承継人)

米森豊

原告(亡米森ミヨ訴訟承継人)

米森強

原告

米森真人

原告

西村のり子

原告

米森勝己

原告

内村育子

原告

千代森孝祐

原告

往本規子

原告(亡米森静雄訴訟承継人)

米森成子

原告(亡米森静雄訴訟承継人)

米森学

原告(亡米森静雄訴訟承継人)

前村美佐子

原告(亡米森静雄訴訟承継人)

永仮龍子

原告

米森三義

原告

田代ヨシ子

原告

千代森シヅ子

原告

米森光雄

原告

米森優

原告

米森博文

原告

大野律子

原告

菊浦俊雄

原告

菊浦等

原告

關まり子

原告

菊浦久

原告

森山妙子

原告

菊浦正則

原告

菊浦明仁

原告

菊浦順一

原告(亡米森喜次郎訴訟承継人)

米森モリ

原告

塩屋芳美

原告

菊浦ユイ

原告

米森オフヂ

原告

千代森ソメ

原告

千代森利祐

原告(亡米森喜次郎訴訟承継人)

小湊和代

山下民子

千代森雅江

右原告ら訴訟代理人弁護士

樋高学

田平藤一

蔵元淳

保澤末良

右原告ら訴訟復代理人弁護士

井上順夫

矢野競

安田雄一

向和典

被告

鹿児島県

右代表者知事

鎌田要人

右訴訟代理人弁護士

和田久

松村仲之助

右訴訟復代理人弁護士

野田健太郎

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は別紙原告別請求額一覧表中、原告氏名欄記載の各原告に対し、請求金額欄記載の各金員及びこれらに対する昭和五二年六月二五日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに第一項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  災害の発生

昭和五二年六月二四日午前一〇時四八分、鹿児島市吉野町一〇二五三番地付近の高さ約三〇〇メートルの裏山の頂上付近(吉野台地上ノ原地区の一角)から地すべりを起こして山の斜面が崩れ、巨大な岩石混じりの土砂が谷間をえぐるようにして激しい勢いで一気に落下流出し(以下「本件崖崩れ」という。)、原告米森勇外四三名の所有する一三棟の家屋を押しつぶした。本件崖崩れにより、米森ナツ、米森ミカ、米森ユイ、米森才三、米森サツキ、千代森キクエ、千代森裕子、菊浦トミ子、菊浦キサの九名が死亡し、原告米森モリが重傷を負つた(以下「本件災害」という。)。

2  本件災害の原因

(一) 崩壊場所の地形及び地質条件

本件崖崩れの発生した場所(以下「本件崩壊場所」という。)の地形は、凹斜面かつ下降斜面であつて、谷頭の最急部分の傾斜は六〇度から七〇度の急傾斜をなし、谷筋の平均傾斜も約三〇度である。また、地層は水平層であり、地質は安山岩の上部に花倉層を堆積しており、この花倉層のうち上部は非常に軟弱であつて透水係数が高く、下部は比較的強固で透水係数が低い。

したがつて、本件崩壊場所は、流水が集中して浸透水が滞留し易い地形及び地質条件を備えており、一般的に崩壊の危険性があつた。

(二) 崩壊の徴表

(1) 節理、亀裂の存在

本件崩壊場所は、以前から熔結凝灰岩の部分に垂直及び水平方向の節理、亀裂が無数に入つていた。また、本件崩壊場所の直上の道路とこれに隣接する地表面にも亀裂及び不等沈下が見られた。

(2) 湧水の存在と崩壊歴

本件災害地一帯の地質は、下部から安山岩、花倉層、熔結凝灰岩、火山灰質の表土となつているところ、花倉層は比較的水を透さないのに熔結凝灰岩は節理が発達していて水を透し易いため、古くから吉野台地の浸透水が熔結凝灰岩と花倉層との境界付近から、本件斜面に湧出していた。また、本件崩壊地付近は数か所にわたつて崩壊歴のみられるところである。

(三) 本件崩壊場所の直上には県道が通つており、その東側端すなわち竜ケ水側に側溝が設置され、この側溝の流水を西側の吉野台地に導水するための横断暗渠が設置されていた。この暗渠が幅二〇センチメートル、深さ二三センチメートルの小さなものであつたため、降水時、北方の寺山公園方面から流れてくる大量の道路排水を処理しきれず溢れた大量の水が吉野町六七三〇番地二九、桜井邦広方玄関前付近を経、さらに付近の低地を伝わつて本件崖崩れ現場の土に生じていた亀裂口に流れ込み、亀裂拡大に拍車をかけていた。また、この亀裂がさらに大量の水を吸い込んだため、崖の上部にある柱状の節理の多い熔結凝灰岩が少しずつ崩壊し、下部の水を透さない安山岩の斜面上に堆積し、この堆積物が水を大量に吸い込んで飽和状態になつていた。このため、県道の表面を流れて下方に流出した水と側溝から溢れた水が竜ケ水側の崖上にしみ込み、当日降つた僅かの雨に刺激されて一挙に山の斜面がなだれ落ちたものである。

3  被告の責任原因

(一) 道路の設置、管理の瑕疵

被告は、本件崩壊場所直上の県道に側溝を一部設置していたが、この側溝は深さ、幅ともに極度に小規模なものであつて、流れを排水するには到底無理なものであつた。加うるに、被告は、崩壊した頂上部には約四、五〇メートルにわたつて側溝を設けていなかつたばかりか、頂上付近の道路から寺山方面に向つた上部には側溝の設置をしなかつた。このため、道路の表面を川のように流れてきた雨水が災害現場の頂上付近の道路から崖側に大量に流れ込んで本件崖崩れを惹起したものである。

したがつて、被告の公の営造物である県道の管理につき、右のような重大な瑕疵であつたのであるから、被告は国家賠償法二条一項により原告らの被つた後記損害を賠償する責任がある。

(二) 県知事の作為義務違反

本件崩壊場所は、地すべり等防止法二条一項、三条一項にいう「土地の一部が地下水等に起因してすべるおそれの極めて大きい区域であつて、公共の利害に密接な関連を有するもの」に該当するので、鹿児島県知事(以下「県知事」という。)は、同法三条に基づき主務大臣に対し「地すべり防止区域」に指定するよう積極的に意見の具申、協力をする義務を負つていたにもかかわらず、これを怠つた。

また、県知事は、昭和五一年一月三〇日本件崩壊地区を急傾斜地の崩壊による災害の防止に関する法律(以下「急傾斜地法」という。)に基づき、危険区域に指定していたのであるから、災害防止のため、その地形、地質、降水等の状況に関する調査を行い(同法四条)、土地の所有者、管理者らに崩壊防止工事の施行を勧告若しくは命令し(同法九条三項、一〇条一項、二項)、又は自ら崩壊防止工事を施行する(同法一二条一項)など、急傾斜地の崩壊防止に必要な措置を講じる権限と義務を有していたにもかかわらず、これを怠つた。

さらに、県知事は、災害対策基本法及び消防組織法の定めにより関係市町村と防災対策を協議し、又は指導援助して直接若しくは関係市町村を通じて関係住民に対し危険の周知徹底を図るなどの警戒避難体制を整備する権限を有するところ、本件災害発生の一週間前から異常なほどの集中豪雨が継続し、本件崩壊地区に崩壊の具体的な危険が切迫していたことが容易に予見されたのであるから、県知事は本件崩壊地区の原告らに対し、少なくとも、崩壊する日の前日までには防災の基礎主体たる鹿児島市を通じて本件崩壊の具体的危険を知らしめて、避難又は警戒するよう緊急指導すべき行政上の権限を行使すべきであつたが、これを怠つた。

県知事の右各権限と義務が適正に行使されておれば、必要な地すべり防止工事及び地下水、地下浸透雨水の処理工事がなされ、かつ砂防ダムや滞砂ダムの設定もされていた筈であり、避難体制も整い本件災害の発生を未然に防止できた筈である。

したがつて、県知事の右不作為は著しく裁量権を逸脱するものであつて違法であるから、県知事の給与負担者たる被告には原告らの被つた後記損害を国家賠償法一条一項に基づいて賠償すべき責任がある。

4  損害

原告らは、本件災害により別紙損害額一覧表(一)ないし(一三)記載のとおりの損害を被つた。但し、各損害の相続関係については、同表に記載してあるとおりである。

5  よつて、原告らは被告に対し、国家賠償法一条一項、二条一項に基づき、右損害の賠償を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1の事実中、地すべりを起こした地点は争うが、その余の事実は認める。

2  同2、3の事実はいずれも争う。

3  同4の事実は不知。

三  被告の主張

1  本件崩壊地の上部の県道は、いわば峰づたいに走つており、東側は崩壊した斜面、西側は一段低い吉野台地である。そして県道と本件崩壊地の上端(崖渕)との間には極く一部を除き自然の土手があつて、これが県道面より高いため、路面の排水が斜面に注ぐようなことはなかつた。また、県道はほぼ南北に走り、北から南にかけて下り勾配であり、路面の水の一部は西側(吉野台地側)の側溝に流入したうえ、同方向へ導かれ、他は東側(斜面側)の路側を流れて一部設置されていた東側側溝に流入し、暗渠を経て吉野台地側へ導かれていた。そして、これらの水は県道がいわば分水嶺状の部分を走つているため、殆んどが道路面の水であつて、道路両側の土地から流入するものは僅少であるから、水量としては多いものではなかつた。

本件災害地一帯は、いわゆる姶良カルデラの西壁の一部であつて、その地質は下部から安山岩、花倉岩、熔結凝灰岩、火山灰質の表土となつているところ、花倉層は比較的水を透さないのに、熔結凝灰岩は節理が発達していて水を透し易いため、古くから吉野台地の浸透水が熔結凝灰岩と花倉層との境界付近から本件崩壊地に湧出していた。この湧水は花倉層の上部を構成する砂層を長期間にわたつて侵蝕していたので、熔結凝灰岩はその崖脚を洗堀されて徐々に下方に移動し、その過程で節理が拡大して砕け易い状態になつていた。たまたま、本件災害が起つた年の梅雨期の長雨により右湧出部付近に一部崩壊が生じ、上方の熔結凝灰岩は脚をすくわれた形で大きく崩壊したものと考えられる。

したがつて、本件災害は県道の設置又は管理の瑕疵によるものではない。

2  地すべり等防止法上の義務違反の主張について

地すべり等防止法の趣旨は、国土の保全と民生の安定のために地すべりの発生するおそれのある地域を指定し、その管理は国の事務として採り上げ地すべり防止に関する国の責任を明らかにしたものである。したがつて、国土保全と民生安定の実現を図るためには、地すべり防止に必要な管理区域を主務大臣が調査し指定することとし、指定区域の管理は知事が国の機関として行うこととした。

地すべり等防止法三条において、主務大臣が地すべり防止区域を指定しようとするときは、県知事の意見を聞くこととなつており、主務大臣が意見を求めた場合はともかく、そうでない場合にまで県知事が積極的自発的に区域指定の具申をすることまで義務づけられている訳ではない。

仮に、県知事に指定申請の義務があつたとしても、同法にいう「地すべり」とは、同法二条一項に「土地の一部が地下水等に起因してすべる現象又はこれに伴つて移動する現象をいう」と規定されており、法制定の経過からみても、その対象を、特定の地質条件のところのみ発生し、比較的その発生の予知が可能な「地すべり」のみに限定し、地形と気象条件さえ整えばいかなる地質条件のところにも発生し、その予知が至難である一般的な山崩れ、がけ崩れを除外しているのであるから、同法に定める「地すべり」に該当しない本件崩壊を前提にすれば、県知事が地すべり防止区域の指定の意見を具申すべき義務もなかつたことになる。

また仮に、本件崩壊が地すべりに当たるとしても、本件崩壊地の熔結凝灰岩の節理の存在は凝灰岩の生成過程における一般現象であり、本件崩壊地の特殊事情でないこと、本件崩壊の前後を通じて県道に亀裂や不等沈下は認められておらず、付近隣接地の亀裂や不等沈下は本件崩壊時の引張力により生じたものであること、本件崩壊地周辺の数ケ所の崩壊歴も、それが昭和四四年及び四六年の鹿児島市吉野町平松及び姶良町白浜の山地崩壊を指すのであれば、これらはいずれも本件崩壊地からかなり離れており、本件崩壊機構とは異なる花倉層の存在しない山地崩壊であることを考慮すれば、地すべり防止区域指定申請の前提としての事実がなかつたことが明らかであるから、県知事には右申請をなすべき作為義務が発生していなかつた。

3  急傾斜地法上の義務違反の主張について

急傾斜地法の趣旨は、急傾斜地の崩壊による災害から国民の生命を保護するため、急傾斜地の崩壊を防止し、崩壊に対しての警戒避難体制を整備する等の措置を講じ、民生の安定と国土の保全とに資することにある。

急傾斜地崩壊危険区域の指定については、急傾斜地法三条によると、崩壊するおそれのある急傾斜地(傾斜度が三〇度以上の土地)で、その崩壊により相当数の居住者その他の者に危害が生ずるおそれのあるもの及びこれに隣接する土地で当該急傾斜地の崩壊が助長され、又は誘発されるおそれがないようにするため、一定の行為の制限をする必要がある土地の区域を指定することができることとなつている。都道府県知事は、急傾斜地崩壊危険区域を指定した後、指定区域内における水の放流、立木や竹の伐採等の行為の許可に関する事務を行い、指定区域内の土地所有者等に対して崩壊防止工事の施行その他必要な措置をとることを勧告若しくは命令し、又は土地の所有者等から必要な報告を求めたり、職員をして当該土地に立入り検査させることができるとされている。

ところで、鹿児島県においては、昭和四七年度に急傾斜地崩壊危険箇所の再点検を実施し、その結果、県全体で自然斜面一九一二箇所、人工斜面九四箇所の合計二〇〇六箇所の危険箇所を発見した。右調査に基づき、県知事は、昭和五一年一月三〇日鹿児島県告示第九九号の三をもつて、本件災害場所の人家密集地帯に隣接する急傾斜地を対象として鹿児島市長の意見を聞いたうえ、竜ケ水一ないし三地区を急傾斜地崩壊危険区域に指定した。県は、昭和四七年度の調査で判明した二〇〇六箇所の危険箇所のうち、危険区域に指定された箇所につき、その緊急度及び危険度に応じて順次防災工事を実施してきたのであるから、県知事に急傾斜地法上の義務違反はない。

四  証拠<省略>

理由

一災害の発生

請求原因1の事実中、地すべりを起こした地点を除くその余の事実については当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件崖崩れは、鹿児島市吉野町一〇二五三番地付近の標高約一六〇メートル以上の山腹で崩壊を起こし、崩壊物質は谷を流過する過程で溪床堆積物や両岸山脚を削り取つて雪だるま式に土砂石量を増加させ、扇状地に達するとともに流速を減じながら堆積し、土石流の最先端部分は国鉄日豊本線の線路まで達して停止したことが認められる。

二本件災害の原因

<証拠>によれば、次の各事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

1  本件崩壊場所の地形、地質及び植生

(一)  地形

本件崩壊場所の下部にある竜ケ水海岸から上部の上ノ原までの谷の全長は五八〇メートル、高度差は二八九メートルであり、その谷は、土砂生産区間、土石流流過区間、土石流堆積区間に区分されるが、これを図示すると別紙図面(一)のとおりである。の部分は平均約四五度、最急部で約六〇度の急傾斜をなしており、の部分は急な崖があつてⅤ字谷をなし、溪床勾配は上流部で約三〇度、下流部で約一五度、両岸の山腹の勾配は五〇ないし六〇度の急傾斜地である。の部分は勾配五ないし一五度の緩傾斜の扇状地である。谷は東から西へ登つて吉野台地に連なり、頂点部分に県道があつて、その西は下り勾配の耕地である。県道は、本件崩壊場所直上付近においては南北に通じていて、東西方向の地表水の分水界となつており、南北方向の地表傾斜は北が高く南へ低くなつている。崩壊地の標高二〇五メートル付近に湧水があり、の谷の左支溪の溪床には最大径一メートルにも及ぶ転石が厚く堆積している。

(二)  地層及び地質

本件崩壊場所の地層、地質は、下部から安山岩(標高一五〇メートル付近まで)、玄武岩(同標高付近)、花倉層(標高一六〇ないし二〇〇メートル付近)、熔結凝灰岩(標高約二〇〇メートル以上)である。吉野台地の最上層は新期火山灰層で、黒色ローム層、粘性の強い褐色ローム層、透水性の高い軽石層、砂層などが交互にあらわれる。火砕流堆積物である熔結凝灰岩及びシラスの厚さは八〇メートル程度であるが、熔結凝灰岩上のシラスの厚さは非常に薄く一メートル以下で、熔結凝灰岩のシラスは約五メートルの厚さである。この熔結凝灰岩には垂直及び水平方向の節理が無数に入つており、これに沿つて水が浸透する。標高二〇五メートル付近にあるシラスを被う凝灰質砂層及びそのシラスの下にある緩い砂層から湧水がある。花倉層は厚さ四〇メートル程度で下に移行するほど固くなる。中央部分に凝灰質礫層があり、その上下は凝灰質シルトと砂の互層であり、上部の砂層は特に緩くて水を透し易く湧水層となつており、下部のシルト・砂は強く圧密され最下部に砂岩がみられる。玄武岩は急な崖を形成し、厚さは六ないし七メートルである。最下層の安山岩は海面下に達しているが、この岩石は谷沿いでは破砕されており打撃を加えるとボロボロに崩れ易い。以上の地質分布を図示すると、別紙図面(二)のとおりである。

(三)  植生

本件崩壊場所の植生は、シイ、タブを主体とするが、樹木の成長は遅く三〇年生で根ぎわ直径八ないし一〇センチメートルである。本件崩壊場所の頂上付近は雌竹の群落であり、周辺の山腹上方には松が植栽されている。

2  本件災害発生前の降雨状況

昭和五二年一月から五月の降雨量は、総量で平年比一一一パーセントであり、六月の降雨量は五六九ミリで平年に比して七六ミリ多いだけである。同年五月一日から同年六月二四日の本件災害発生時刻までの総雨量は六九四ミリで、五月二六日の梅雨入り宣言後のそれは五三八ミリである。本件災害現場付近にある建設省鹿児島国道事務所の雨量計の記録では六月二四日の強い雨の時に一時間九ミリ、同月一五日から二四日までの雨量は二五九ミリとなつている。六月二四日の日雨量は三三・五ミリ、一時間最大雨量は午前六時から七時の一一ミリ、一〇分間最大雨量は午前六時三〇分から四〇分と午前一〇時三〇分から四〇分に四ミリを記録している。

これらの降雨量は、確率的に珍らしいものではなく日常的に発生しているものである。

3  本件災害地付近の既往の崩壊歴

(一)  昭和四四年七月五日午後一時過ぎ、鹿児島市吉野町平松の物言谷で土石流が発して死傷者を出し、国鉄日豊本線と国道一〇号線を埋没した。

(二)  昭和四六年六月二〇日午前三時三〇分ころ、鹿児島県姶良郡姶良町白浜において土石流が発生して負傷者を出し、前記の線路と国道を埋没した。

同日午前四時一五分ころ、同市吉野町平松の国鉄日豊本線大崎トンネル入口で崖が崩れ、線路及びトンネルを埋没した。

4  本件崩壊場所の状況

(一)  土石流の状況

標高約一六〇メートル以上の山腹で崩壊が発生し、崩壊物質は谷を流過する過程で溪床堆積物や両岸山脚を削り取つて雪だるま式に土砂石量を増加させ扇状地に達するとともに流速を減じながら堆積し、土石流の最先端部分は国鉄日豊本線の線路まで達して停止した。崩壊発生最高地点と堆積地最先端部分の高度差は約二七〇メートル、両地点の水平距離は約五〇〇メートルである。土石流は、熔結凝灰岩の巨大な転石と土砂礫からなり、これらの転石は谷の最上流部から落下してきたものであり、堆積地の先端部ほどその径が大きく、最大のもので直径六メートルにも達している。堆積地の面積は約六〇〇〇平方メートルであり、深さは最大で六ないし七メートル、平均三ないし四メートルである。堆積土砂量は一万八〇〇〇ないし二万四〇〇〇立方メートルと推定され、生産土砂量(崩壊及び溪床侵食土砂石の量)は一万二〇〇〇ないし一万六〇〇〇立方メートルと推定された。

土石流流過区間における速度は毎秒二二メートル程度、堆積区間に入つた地点で毎秒一七メートル程度と推定され、平均速度を秒速二〇メートルと仮定すると、崩壊発生の中央地点から被災住宅地の中央地点まで(四五〇メートル)を二二秒間で流過したこととなる。

(二)  崩壊発生後の状況

崩壊発生日から四日後の六月二八日に鉄砲水が発生し、国鉄日豊本線を超えて国道一〇号線にまで達した。これは谷の中腹にたまっていた雨水が流動化したものと考えられ、岩石を含む泥流の容積は約二四〇〇立方メートルと推定されている。

5  山地崩壊の一般的原因

山地崩壊の原因は、一般に素因と誘因に大別され、素因としては地形、地質及び土質上の条件があり誘因としては自然的及び人為的条件がある。自然的条件には豪雨、地震及び火山活動などがあり、人為的条件には土地利用、土地造成、土木工事及び森林の取扱いなどがある。

右各事実並びに本件災害の原因を調査した<証拠>を総合すれば、本件災害の原因は次のとおりであると推認される。

すなわち、本件崩壊は、水を透し易い熔結凝灰岩の下にある砂層からの湧水により長期間(約五〇年)に亘る地中侵食が発達して熔結凝灰岩の崖脚を洗堀し、侵食の拡大ともに崖脚の支持力が低下し、熔結凝灰岩が徐々に下方移動を起こしているところに降雨等の誘因が加わつて急激な移動を開始して崩壊となり、これに伴つて花倉層を引きずり込み、さらに流過区間において溪床堆積物と安山岩の両岸山腹を侵食して土砂石を増加させることによつて発生したものである。しかしながら、右降雨については、本件災害発生の日から一週間前からの総雨量程度では通常山地崩壊は発生しないから、本件災害発生当日の雨量は、崩壊の引き金程度の役割を果たしたのみで、直接的な原因ではなく、長期間に亘つて降つた雨により地下水が透水性の高い特定の地層(熔結凝灰岩の下にあつて花倉層上部を構成する緩い地層)に集中的に湧出し、特に梅雨期に加速的に地中侵食を行つて崩壊原因となつたものと考えられる。

三道路の設置、管理上の瑕疵の有無について

1  本件崩壊場所直上の県道の状況

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  位置関係

本件崩壊場所の直上には県道吉野公園線が南北に走つているが、これは国道一〇号線鳥越トンネル入口の手前を起点として北上し、吉野線より吉野台地東部を東進したうえ吉野公園内を通り本件崩壊場所付近の吉野町上之原を経て寺山公園に至る舗装道路である。本件崩壊場所の最上部分と右県道の東側端との距離は、標高差にして約二〇メートル、斜面距離が約三〇メートルである。また、本件崩壊場所の最大横幅(南北の幅)は約一〇〇メートルであるが、この直上に位置する道路部分(以下「本件道路部分」という。)の長さは桜井邦広方北端付近から北方へ有限会社桜井建設事務所横の駐車場の南端付近までの約一二〇メートルである。

(二)  規模、構造

本件道路部分は、幅員約七メートルのアスファルトの舗装道路で総体的に中央線付近が高く寺山公園に向つて上り坂が続いており、路面は、東の海岸側が高い部分と西の台地側が高い部分とが一部見られるが、その余の部分は、ほぼ平面である。

(三)  本件災害前に設置されていた側溝の状況

本件災害前には、中央農協上之原支所跡付近から北方へ約四〇メートル、南方へ約六四メートル(全長約一〇四メートル)の区間の道路の東側端及び前記有限会社桜井建設事務所付近から南方約五五メートルの地点から寺山公園方面へ向つて約六五〇メートルの区間の道路の西側端にU型側溝が設置されていたが、本件道路部分のうち長さ約八〇メートルの区間には側溝の設置がなかった。

(四)  降雨時の流水状況

本件道路部分上に降つた雨は路面の高い所から低い所へと流れたものと考えられ、側溝が存在する部分では雨水が側溝へ流入したものであるが、側溝が存在しない部分では路面の高低に従つて雨水が流れ、その一部は路面から溢れて流下することがあつた。

2  本件道路の設置、管理と本件崩壊との関係

右認定のとおり、本件道路の一部に側溝が設置されていなかつたものであるから、道路側溝の果たすべき機能に即し、道路の設置又は管理の瑕疵とみうる余地があることは否定できない。一般に、側溝による道路排水の目的は、降雨、融雪等によつて路面を覆う水による道路施設の弱化を防止すること、雨水等による地表の流水を集水処理して道路斜面の洗堀又は崩壊を防止すること及び路面への滞水を防ぎ交通の渋滞やスリップ事故を防ぐことと考えられる。したがつて、道路斜面の崩壊が側溝の不設置に基づく流水作用により発生したと認定されるならば、側溝の不設置は当該道路の設置又は管理の瑕疵といいうる。

右の観点から本件道路の一部に側溝が設置されていなかつたことによる流水が本件崩壊の原因となつたか否かを判断すると、前記認定のとおり本件崩壊地の直上にある本件道路の一部に側溝が設置されておらず、その部分に降つた雨水が一部本件崩壊場所側へ流下していたことは認められるが、前記二に認定判断したとおり本件崩壊の規模が前認定のとおり大きなものであつて、その要因が熔結凝灰岩の下にある砂層からの湧水による数十年に亘つた地中侵食の発達とこれに基づく熔結凝灰岩の崖脚の洗堀と支持力の低下にあつたものであり、本件道路部分を流れる雨水は、前記二1(一)に認定したとおり道路が分水界上を走つているため、そのほとんどが路面に降つたもののみであり(他の道路部分に降つた雨水が一部本件道路部分に流入したことも当然推認されるが、本件道路部分に降つた雨水も一部他の道路部分に流出したものと考えられるので、一応本件道路部分の雨水のみを考えれば足りる。)、また前記のとおり右雨水の一部は道路西側の吉野台地のみならず本件崩壊場所直上の斜面に流下したものと推認されるものの、本件道路部分は、たかだか長さが約一二〇メートル、幅員七メートルであるから面積にして約八四〇平方メートルにすぎないことと本件災害発生当日やその前一〇日間の降雨量がさほどのものでなかつたことを考え合わせると、本件崩壊場所直上の斜面に流下した雨水が本件崩壊の誘因となつたものとは到底考えられず、したがつて本件道路部分の一部に側溝が設置されていなかつたことと本件崩壊との間には相当因果関係がなく、この点に関する原告らの主張は理由がない。

なお、<証拠>には、本件災害の原因の一つとして、

(一)  熔結凝灰岩下部の砂層やシラス層に地下水が集中しやすくした吉野台地の開発(ゴルフ場、宅地、県道拡幅等)(二) 道路側溝等の排水施設がないなどの道路構造上の不備、(三) 亀裂や他の崩壊前兆現象を見落としたり放置したりした道路管理上及び災害防止工事の手落ち、(四) 崩壊前兆現象がありながら、適切な注意や避難、警報等の避災対策の不備の人為的、社会的要因があつた旨記載されているが、これは、京都教育大学の木村春彦名誉教授が本件災害から約九年経過後の昭和六一年七月一八日、一九日の現地踏査の結果及び本件訴訟資料等を検討して出した一応の推定であつて、本件災害の原因や責任判断の前提となる事実の確定が十分になされないまま結論に至つたものと考えられるので、本件災害の原因に対する当裁判所の認定判断の資料としては採用できない。

四県知事の作為義務違反の主張について

1  地すべり等防止法上の義務違反の主張について

地すべり等防止法は、地すべり及びぼた山の崩壊による被害を除却し、又は軽減するため、地すべり及びぼた山の崩壊を防止し、もつて国土の保全と民生の安定に資することを目的(一条)として制定されたものであるが、地すべりの定義を「土地の一部が地下水等に起因してすべる現象又はこれに伴つて移動する現象」(二条一項)とし、この地すべりを防止するため、地すべり防止区域の指定を行い、必要な工事を施行して排水施設、擁壁、ダムその他の地すべり防止施設を設置するための手続規定等を定めている。右地すべり防止区域の指定は、主務大臣が関係都道府県知事の意見をきいて行うこととされている(三条一項)が、指定区域内において一定の行為の制限が課せられる(一八条)など、私権の制限が伴うため、指定は前記の目的を達成するため必要最小限度のものでなければならないとされている(三条二項)。右のとおり、地すべり防止区域の指定は法律上主務大臣が行うこととされており、右法条の文言からみて明らかなとおり、関係都道府県知事は、指定に際し、意見を述べることができるに止まり、主務大臣の諮問がないのに積極的に指定を促すべき意見具申をなすべき義務を負うものではないと解される。

よつて、県知事に右義務があることを前提とするこの点に関する原告らの主張は理由がない。

2  急傾斜地法上の義務違反の主張について

急傾斜地法は、急傾斜地の崩壊による災害から国民の生命を保護するため、急傾斜地の崩壊を防止し、その崩壊に対しての警戒避難体制を整備する等の措置を講じ、もつて民生の安定と国土の保全とに資することを目的(一条)として制定されたものであるが、急傾斜地の定義を「傾斜度が三〇度以上である土地」(二条)とし、急傾斜地の崩壊による災害を防止するため、急傾斜地崩壊危険区域の指定を行い、必要な工事を施行して擁壁、排水施設その他の急傾斜地の崩壊を防止する施設を設置するための手続規定等を定めている。右傾斜地崩壊危険区域の指定は、都道府県知事が特別区の区長を含む関係市町村長の意見をきいて行うこととされている(三条一項)が、前記地すべり防止区域の指定と同様、指定区域内において一定の行為の制限が課せられる(七条)など、私権の制限が伴うため、指定は前記の目的を達成するために必要な最小限度のものでなければならないとされている(三条二項)。そして、都道府県知事が急傾斜地崩壊危険区域の指定をしたときは、必要に応じて指定区域内の土地の所有者、管理者又は占有者らに対し、急傾斜地崩壊防止工事の施行、被害を受けるおそれが著しいと認められる家屋の移転等の措置をとることを勧告したり(九条三項)、制限行為に伴う急傾斜地の崩壊の危険を防止するための工事の施行を命じたり(一〇条)することが都道府県知事の権限として認められている。また、右命令の対象となる工事以外の工事で、当該急傾斜地の所有者、管理者若しくは占有者らが施行することが困難又は不適当と認められるものは、都道府県自らが施行するとされている(一二条)。

ところで、<証拠>によれば、被告県は昭和四七年に急傾斜地崩壊危険箇所の総点検を行つたところ、約二〇〇〇箇所の危険箇所があることが判明し、右危険箇所の調査結果に基づき、県知事は、昭和五一年一月三〇日鹿児島県告示第九九号の三をもつて、本件災害地区を含む竜ケ水一地区ないし三地区を急傾斜地崩壊危険区域に指定したが、本件崩壊場所は人家からの距離が一〇〇メートル以上あるなどの理由により、急傾斜地崩壊危険区域の指定の対象から外されたことが認められる。そして、<証拠>によれば、鹿児島市内においては昭和四五年七月一日から順次、急傾斜地崩壊危険区域の指定が行われ、右竜ケ水三地区に対する指定に先立ち合計七〇地区に対して指定がなされたこと、これら七〇地区内にある住宅戸数は、いずれも竜ケ水三地区内にある住宅戸数(竜ケ水一地区と三地区がいずれも各一四戸、二地区が一七戸)を上回つており、危険区域内戸数が一〇〇戸以上である指定区域は計一〇区域存在すること、既指定区域における災害応急対策として、気象情報等の収集及び伝達、降雨量の測定、区域内の警戒及び巡視を行い避難体制を整える具体的な計画を立案してこれを実施したことが認められる。また、<証拠>によれば、被告県は急傾斜地崩壊危険区域に指定された区域につき崩壊の危険の大きい区域から順次、斜面の整地工事や擁壁の建造工事等の防災工事を行つていることが認められる。

別紙 図面(一)

別紙 図面(二)

右認定事実によれば、県知事が指定した急傾斜地崩壊危険区域内に本件崩壊場所が含まれていないのであるから、県知事には事前に本件崩壊場所の崩壊を防止すべき措置をとる急傾斜地法上の権限がなかつたというほかないが、前記のとおり本件災害地区が含まれる竜ケ水三地区が急傾斜地危険区域に指定されており、県知事は右地区に対する急傾斜地法上の権限を有していたものであるから、その不行使の違法を問題にする余地があるとしても、前記認定のとおり既指定区域が多数存在する状況の下では、県知事は指定区域の具体的な危険に応じて必要な措置を採れば足り、緊急の必要性がない限り既指定区域に先んじて防災工事等の措置を施すべき義務はないと解すべきところ、竜ケ水三地区につき本件災害前に特別に防災工事を実施すべき緊急の必要性があつたことを認めるに足りる証拠はなく、現に本件災害時においても指定区域内の土地の崩壊はなかつたのであるから、県知事の右防災工事をしなかつたことが著しく合理性を欠き違法であつたということはできない。

3  住民避難を促すべき義務を怠つたとの主張について

前記認定のとおり、昭和五一年一月三〇日に本件災害地区を含む竜ケ水一地区ないし三地区に対し急傾斜地崩壊危険区域の指定がなされた後である昭和五二年二月、右地区を含む急傾斜地崩壊危険区域の指定区域を対象に災害応急対策計画が立案、実施されたが、<証拠>によれば、右計画は鹿児島市防災会議が立案したものであり、災害応急対策に必要な情報の収集及び伝達、降雨量の測定に基づく指定区域内の警戒及び巡視体制並びに避難体制等を内容とするものであるが、右警戒体制の基準雨量については、前日までの連続雨量及び当日の日雨量とを参考とし、第一警戒体制(危険区域の警戒巡視、住民等に対する広報を行う。)と第二警戒体制(住民等に対して避難準備を行うよう広報するほか、必要に応じ避難の指示等の処置を行う。)を採つていたことが認められる。

ところで、<証拠>によれば、本件災害発生前の鹿児島市内の降雨量は平年値と大差なく、災害発生日前一〇日間の雨量の総計は二六五ミリ、災害発生当日の日雨量は二八ミリであることが認められるが、右の雨量では前記第一警戒体制をとるべき基準(前日までの連続雨量が一〇〇ミリ以上あつた場合において、当日の雨量が五〇ミリを超えたとき)にも達しておらず、他に本件災害地の住民に避難を促すべき具体的な危険があつたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、県知事に原告ら主張のような避難を促すべき法律上の作為義務があるか否かはさておき、右認定の状況の下では住民避難の必要性は予見できなかつたのであるから、原告らの主張はその前提を欠き、失当というべきである。

五以上によれば、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下村浩蔵 裁判官法常格 裁判官田中俊次)

別紙原告別請求額一覧表<省略>

損害額一覧表(一)〜(一三)<省略>

有体動産損害額一覧表<省略>

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